その日暮らし

精神的その日暮らし

あの野次について

「原爆おちろ」という野次(これを野次と言っていいのかどうか)が、
だいぶ前にマツダスタジアムで叫ばれた問題。
今日のローカル新聞で、
強い怒りを投稿した読者がいて、改めて考えた。
この言葉に対する怒りは、私が目にしたものはたいてい、
あの地獄絵図や被爆者の苦しみを知らないで、
そんなことを言うなんて許せないという内容だった。
まったくその通りであり、
想像力の欠落と無知に、怒りと情けなさを感じる。



しかしひとつ気になったのは、
目にしたほとんどの怒りが“過去”を取り上げたものだったことだ。
それはもちろん当然のことなのだけど、
原爆つまり核は、“現在”も地球上にたっぷり存在するものである。
これからの“未来”にも存在する。
人類が核廃絶に取り組まない限りは。


「あの地獄絵図を知らないからそんなことが言えるのだ。苦しんできた人たちに対する侮辱だ」
という怒りはもちろんあるのだけど、
「核はまったく他人事ではない。これから先、あんたも私も被爆者にならないとは限らない。そんな野次飛ばしてる場合じゃないんだぞ」
と“現在”“未来”に対する想像力の欠落と無知についても、
怒るべきではないかと、私は考えるのです。
そういう愚かさが、これからの“未来”を危うくするゆえに。



気持ちを害された方がいらっしゃったらごめんなさい。
今日は長崎の原爆の日






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