その日暮らし

精神的その日暮らし

最後の最後まで・その1

そういえば、義父母がヨーロッパから帰ってきた時の顛末を書いてませんでした。
最後の最後まで、振り回されまくりでした・・・。




まず第一段階。
義父母が日本を発ってから、私は例のごとく、旅程表を眺めながら旅行気分を楽しんでました。
「今日は××の町かあ〜。どんなところだろうな〜」みたいに。
そうやって毎日眺めているうち、ふと気付いたのです。



「あれ?この旅程表からしたら、義母が言ってた帰国日には、帰れないじゃん・・・?」



なんと義母、帰国日を一日早く教えてくれてたのです。
おそらくヨーロッパを発つ日と混同したんでしょう。
危なかったー。これ気付かなかったら、帰国日前日の夜中に、
「まだ帰らない!何があったの!?」と大騒ぎするところだったよ。
それもこれも、私が旅程表眺めながら妄想を膨らませていたおかげです。
ただこの旅程表、出発前日の夜に、ようやくもらえたもので。
出発前日の夜、犬の世話について細かく引き継ぎをされた後、
「ところで旅程表と、ドイツで会うお友達の連絡先は?」
と私が聞いたので、ようやくもらえたのです。
何にも聞いてなかったんですよ。どこに行くのかも、ホテル名も、お友達の連絡先も。
分かってたのは海外でも通じる義父の携帯電話番号だけ。
しかもその携帯電話も・・・(後述)
その旅程表やら連絡先やらも、すんなりもらえなくて、私が「欲しい」と言ってるのに、義父は「必要ないじゃろ」
まじかよ〜と思ってたら、義母が「確かにそれはいるね」と同意してくれたので、
やっとこさ手に入ったのでした。
あって良かったわ。旅程表なかったら、帰国日の間違いに気付かなかったもんね。




ちなみに、間違って教えられた帰国日の翌日、
義父母宅の電話は、じゃんじゃん鳴りまくっておりました。
それまで二週間、電話はほとんど鳴らなかったのに。
つまり、みーーーんな、一日早い間違った帰国日を教えられてたってことですな。
まだ二人は飛行機の中なのに、皆さん知らずにじゃんじゃん電話をかけてきてました。
やれやれ。
まさかこの後、更なる騒動が待ち受けているとは予想だにせず、私は電話の鳴る音を他人事のように聞いていたのでした。
長くなったので、後半へ続きます。






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